ハイマツ帯

たまに更新できればいいな

学問と愛について

 日曜日に谷川岳に行ってきた。本当は後輩と泊まりで谷川の沢を登るつもりだったけど、天候や日程の都合などにより結局1人で登山道を登ることにした。

 土曜日にアプローチする。高崎で食事しつつ夜に土合に着くが、噂通りやたら階段が長かった。どういう精神状態だとこんな設計にしようと思うのだろうか。土合駅で適当に寝たわけだが、この駅は無駄にスペースが広く、まさに駅寝のための駅という感じがする。ただ、微妙に変な雰囲気で微妙に寝づらかった。巨大な網で必死に蛾を集めてる人がいた。

 翌朝、早朝からしばらく車道を行って入山した。今回使った西黒尾根はものの本によると日本有数の急登とのことであったが、実際はまったくそんなことは無い。雲は多かったが途中でしばし晴れ、反対の沢が見える。後輩達があっちでがんばるはずだ。上に行くほどガスに包まれ、山頂に着いた頃には完全にガスのなかでなんも見えなかった。しかも相当寒い。早々に降りはじめた。ヤマノススメ要素はあんま無い。それにしてもすごい人の数だった。天上平のロープウェイ乗り場まで来るときれいに晴れだした。まぁそんなもんである。

 谷川の感想だが、標高がそんなでも無い割にやたら森林限界を越えるのが早い。ハイマツすら(残念ながら)ほとんど無く、一気に草地と岩場になる感じがする。豪雪地帯の山に特有なのかもしれない。関西のモサモサヤブヤブした山に比べると展望が開けててなかなか良い。もちろん沢から詰め上がればより楽しいだろう。

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 東京に戻り、この晩は某所の居酒屋で夕飯を食べたのだが、この店はなぜか小学校中学年と思しき少女が給仕をしており、しかも客と一緒に鉄腕DASHを見てゲラゲラしていた。他にも色々謎の多い店だったが、詳細は省略しておく。

 

 翌日、蒲田のスーパーヒロインタイム(同人即売会です)に行った。久しぶりの即売会で楽しかった。主に咲、あとまどマギなども適当に。フォロワーの方に色々会うことができた。あまりちんぽとか言えなくて申し訳ない。今回、早○○○○○○○○○○○○○会の方々が来られるとのことでご一緒させていただいた。とても洒落乙なイタリア料理屋に行くことができ、イタリアン欲を満たした。しかもしょか様からまたお酒等をもらってしまった。谷川でなんか買えば良かった……。皆様、大変ありがとうございました。ぎりぎりその日中に京都に帰った。

 

 全然話は変わり、少し前に近所の雀荘「平和」が無くなった。僕がこの雀荘にはじめて行ったのは1回生の前期のことである。僕はようやく麻雀のルールを大体覚えようとしていたところだったが、平日の昼間に先輩から今から雀荘に来てくれと言われて行くことになったのだ。その時のメンツは確か社会人、D1、6回生であり、なぜこの人たちは昼間から雀荘で打つのだろうと怪訝に思ったものだが、そんなことを考えたあたり僕もまだ世の中のことをあまり知らなかったと言える。たしかこの時はめちゃくちゃな結果に終わった記憶がある。

 平和の特徴だが、かなり古い店である。1日使い放題で1人1000円ということでまぁまぁ安い。店のお婆さんは違う部屋におり全然姿を見せないので、多分5人や6人で行っても4000円で良い気がする。部室にも牌はあるが、集中していっぱい打ちたい時などはここに来る。頻繁に現れるおっさん達がおり、彼らは「速。(リーチ一発の意)」とか「青。(発の意)」とか独特な言葉使いをするのですぐわかる。あと部のOBで医学部某所で研究している先輩にたまに会う。

 2回生の1月、成人式の日にこの雀荘に来ていた。成人式自体はまったくやる気が無く、親には忙しい旨を伝えて行かないことにした。なにも予定が無いのに忙しいと言うのも気が引けたので、雀荘に行く予定を作ったのだ。後で聞いたところによるとどうやら同期のMTも同じ状況のようであった。実はその秋に成人祝いということで成人式用にネクタイをプレゼントされており、そのことを思うとなんとなく心が痛んだので、代わりに雀荘にそれを身につけていった。

 今年の6月、MTのネット麻雀仲間である岐阜のニート2名が京都に来たが、メンツが足りないので僕が呼び出された。そのとき平和に行ったのだが、店のお婆さんが骨折をしてしまったのでもう最近は開いてないとの話だった。なにせ老人であるし、骨折は相当厄介なことだろうとMTと話していた。

 それから2カ月、全然前触れも無く店が消失していた。本当にびっくりした。今はただの更地となっている。店が潰れていくのは世の常とは言え、もっと目やフィルムに焼き付けておきたかった。もはやあの臭い部屋に入ることは不可能になっているが、せめてあのくすんだ汚い風景を覚えておいて時々記憶のなかで見られればとは思う。