祭りとえびすめ
■ラーメン
近所に新しいラーメン屋ができ、気に入っている。新しいと言っても、できたのは去年の夏ごろだっただろうか。この店は豚骨ラーメンを出すが、Google Mapでは「豚骨ラーメン」という名前で登録されている。正式名称が別にあるのかと思っていたが、店の看板にも暖簾にも「豚骨ラーメン」としか書いていないので、どうやら「豚骨ラーメン」が店の名前らしい。この時点で只者ではないことがわかる。
元々、例のに〇次郎があった店の跡地で、店内の雰囲気は概ねあんな感じの白っぽい雰囲気で、やや清潔感があるが、逆に木のぬくもりのようなものは一切なく、まるで工場の社員食堂のごとき何とも言えない無機質な空気がある。 店主のおばちゃんは元々別の有名な豚骨ラーメン屋で修行していたようだ。開店から一年と経っていないはずだが、店全体から、長年ここで常連に支えられながら続いてきたような、異様な風格がある。
一度訪れることをおすすめしておく。
■男
部の後輩Oがついに大学を卒業というか追放されて京都を去ることになった。たしか2015年入学であり、謎の博士課程でずっとうねうねしていたようだ。後輩の中ではぎりぎり、そこそこ一緒に活動した世代に入る。また京都から人を見送ることになった。
この男は沢を登っていたため、当然人格的にやや異常な点があった。ただ、部が段々と正常(大学全体の平均値に近付くという意味で)になりつつある中で異常なままだったので、微妙に時代に取り残されている感が現役時代からふんわりと漂っているところが大変そうであった。そのもう少し上の反社会的な世代は、反社会的な雰囲気の組織の中で好き勝手やってそのまま消えたのである意味、更生の機会が無い分幸せだったという説も無くはない。総合的には不幸せという説もある。
せっかくなので京都から追放するために、酒を飲みつつ部室で麻雀を打っておいた。10年以上やることが変わっていない。しかし、私の7世代上の茶碗氏も誘われてほいほい来ており、その人に比べれば随分マシであると言える。茶碗氏と言えば仕事を突然やめて半年部室で雌伏(失踪)の時を過ごしていた人だが、Oも時には仕事を辞めて失踪することが最善手になる場合があることを、彼の背中から学んでいることだろう。
Oが部の悪質な空気の影響を受けすぎたことが、社会に出て、と言うかサラリーマンとなって、吉と出るか凶と出るかはわからないが、おそらく凶と出ると思われるので、がんばっていただきたい。それに際して部で学んだこと(藪漕ぎで灌木の間をすりぬける、ぬめった岩を登る、オカルトシステムで打つ等)を存分に活用するのが、東京で暮らすうえで有効であることは言うまでもないだろうと思われる。
会津が来た話
年末年始にはなんと8連休が取れた。
特段何も有意義な活動をしない中で、いつの間にか自分の精神が異常な状態にされていたことに気が付いた。すなわち、仕事も人生の大切な一部であると誤認したり、一日一日を無駄にしてはいけないと勘違いしたり、空き時間には役に立つ勉強をする方が良いなどと完全にあべこべな思い込みをさせられたりしていたのである。何者かに精神をねじまげられている。それは雰囲気とか風潮とかいう名の概念の可能性もある。ともかく異常である。
異常なのである。
×××
色々な飲食店に行くのが好きで、近所の大学近辺の店にもさまざま行っている。学生時代からずっと行っている店もあるが、中には当然閉店するところもある。店主にあまり商売っ気が無く、あまり混んでおらず、という店が好きだが、そういう店こそ閉店しやすいという説もある。
(1)あの字
数限りなく通った、奥にぼろい(失礼!)座敷のある、古い店であった。今更詳しく記載することも無いので詳細は省く。閉店以来、あまり店に電気がついていないような気もするが、職住一体の店であると認識しており、元気にしているだろうか。糞学生を相手にするよりも平和な老後を過ごす方が良いねと楽しんでくれていたら良い。
職住一体であると思うのは、店に入ってすぐある、数席のカウンターは店としての機能のみを発揮しているものの、脇を通って奥に進むと、右手に数畳の座敷と仏壇があるからである。さらに、その暗い通路に食器類などが雑然と置かれているのはともかく、洗濯機なども置いてあるからである。そして奥の広い座敷も、座敷であるので普段は麻雀などに活用されている可能性もあるからである。
あの字の横に本家かまどやがあり、これもずっと閉まっており、黄色いあの本家かまどやの看板がずっときれいに保たれたままである。

(2)やまぢゅう
お好み焼き屋である。いつも空いていて良かった。
閉店の数か月前だったと思うが、ビールを飲んでいた。店内に客は私だけだった。と、深く酔っ払いつつも浅くは一見正常である精神が異常なおっさんが入ってきた。店主のおっさんに対し、なんかしら面倒なやり取りを強いて、しまいには大声を出していた。店主のおっさんは愛想が良いが強気な内面を隠し持っているタイプなので、次第にそれに応戦していた。ビールを飲み終わり、店側はもう一人いたし特段危険な雰囲気もなさそうなのでその日は帰宅した。
あくる日、久しぶりに昼食に訪れると、店主から先日はすみませんでした、とその人が悪いわけでもないのに、えらく謝罪された。いえ、全然っす、くらいで流してしまったのだが、店主はずっと気にかけていたのかもしれず、なんら気にしていないしむしろ店側が被害者であると考えている旨を、もっときちんと言っておけば良かったと、その日の来店を最後に店が閉店して以来、たまに考える。

(3)MH
小料理屋である。無軌道に注文すると一万円を超えるが、あらかじめ牛丼と金麦などで適度に調節しつつ計画的に頼めば3,000円台でおさまるような店で、やはり近所の学生向け居酒屋よりは格段に味は良かった。
初老の店主は、昔は居酒屋で働いていて忙しかったらしい。「自転車がたくさん停まっている店を見ると嫌な気分になる。中が混雑して店員が忙しいだろうというイメージが湧いてくるから」といったことをよく言っていた。また、ネット上に店の情報が掲載されることで客が増えるのを嫌がっており、食べログかなんかの情報を頑張って消しているという話が印象的であった。
ある日、「しばらく休業します」という貼り紙があった。コロナの収まるか収まらないか微妙な時期で、なんとか予防なんとかみたいなのが発令されたタイミングだっただろうか。コロナが収まってきてもなかなか復活しないな、と思っていたのだが、ある日焼きそば屋に代わっていた。今は、店主が何をやっているのかわからない。
ある日、一人で飲んでいるときに、隣の席にいたのが近所の銭湯の主人で、店主とは一緒にゴルフに行くなどの仲であったようだ。その銭湯はまだある。いずれ、銭湯に入りがてら、店主の行方を尋ねてみなければならないと考えている。

×××
正月のためおみくじを引いた。
凶
年乖數亦孤(としそむひてすうまたこなり):としそむくとはとし老てなりかずある人にもはなれひとり身となりてたよりなき也
急病未能蘇(きゆうびょういまだそするあたはず):久しくやみつかれていまだ本ぶくせさるなり
岸危舟未發(きしあやぶしてふねいまだはつせず):きしにもつかづただよふ舟のごとし
龍臥失明珠(りようふしてめいしゆをうしなふ):龍のたまをうしなひてはちからもいきほひもうせはつべし
●此みくじにあふ人は賽を載て舟をくつがへすがごとく難儀困窮のかたちなりか觀音辯才天をいのりてよし〇病事ならば長引べし十に六七は命あやうし〇悦事なし若出家陰陽師山伏巫女などにはよろこぶ事も有るべし〇道具は大きなるうつはものなるべし値段下直の物也
すなわち、自分の力で人生を切り開いていこうなどという傲慢な考え方をしてはどうしようもなく、他力を信じることで何事も上手くいくことが保証されているということが示唆されていると言える。今年は傲慢にならないようにしたい。
なおこのおみくじには絵が付いており、味があって良かったので載せておく。布団の上に座りお茶か酒か何かを飲んでいる男の姿であり、その表情はどこまでも穏やかである。人間かくあるべしということが示されているのであろう。

移ってきた会津藩
なんと前回の更新から300日以上が経過していた。この間様々なことがあったが、概ね常に忙しく、そのせいでブログを書く気力が湧かなかったという事情がある。
今年のことを思い出そうとするが、あまり浮かんでこない。仕事のことばかりである。12月に謎の試験があり、試験勉強のためにあまり出歩けなかったという事情もある。この会社ではそこそこの繁忙期と激しい繁忙期が交互に訪れるわけだが、もうあまり何も感じなくなってきたという気もしないでもない。
×××
11月に、例年のごとく墓参りに行こうとしたが、湖西線が強風で崩壊したので代わりに仏壇にお参りしておいた。本棚を見るとその男が好きだった伊坂幸太郎などがあった。その男は私などと違い感傷的な本はあまり好まず、テクニックが巧みだったり勉強になったりする本が好きだったような記憶があり、それを反映してか、ためになるようなことをよくしていたと思い起こされる。私の方は読書から得た感傷癖が悪い方向にしか発現しておらず、あまり人の役に立つことをしない。
その日はなぜか昼間から大量の日本酒を摂取した。また、夕方から久々に部室で打った。先輩の絵馬田氏は相変わらず精神状態を疑うような危険な闘牌をしており、平常運転であった。
12月、イギリスに高飛びしていた大学の後輩Cedarが秘密裏に一時帰国したとのことなので、他のOBも含め久しぶりにボルダリングに行ってきた。最近ろくに登っていないので成果としては当然ろくでもなかった。
ところで現在使用しているクライミングシューズは10年以上前に購入したものである。もうボロボロであり、本体の周囲に貼ってあるラバーもべろべろに剥がれてきているが、使おうと思えば使えるので、買い替えのタイミングがよくわからない。また、以前は靴を買う際はクラックス京都店に行っておすすめを聞けば良かったが、潰れたので聞く場所が無い。今まで購入した靴は2着だけだがいずれも、クラックスでのおすすめに基づき、激しくカールしたダウントゥである。履いてるだけで足が痛くなる程度に小さく、またベルクロは邪道なので当然スリッパタイプである。最近はベルクロタイプばかりのため、どの靴を選べばいいのか全くわからない。
ボルダリングはほどほどにし、龍門に行く。やはり素晴らしい味であり、京都の顔と言っても過言ではない可能性すらある。火鍋を囲みつつ、各人の直近の動向などを聞いていたが、Cedarはその日に京都駅で若者二人組がTikTokか何かのためにダンスを撮影しているのを見かけ、その後ろをカメラを見ながら通過すると撮影がやり直しになることに気付いたので、後ろを往復していたとのことだった。そういうことをしているからイギリスに亡命せざるを得なくなったのだろう。部室に移動し、打つ。平和に打ててなかなか良かった。
今日は久々に里乃屋に行き暴飲暴食できて良かった。トイレがきれいになり、貼ってあるメニューも微妙にスタイリッシュになっており、後継者のやる気がうかがわれる。末永く続いてほしい。
最近謎の試験を一つこなしたので、余った時間にテキストを読まなくても良くなった。これからは当分、特に役に立たない、と言うか役に立てることを目的としない読書をする方針であり、早速手に取ったのが「虚航船団」である。大学以来に読む。中盤まで読み進め、仕事には何も役に立たないことを確信している。
×××
他にもいろいろなことがあったはずだが、記憶力の限界のためもう終わる。せっかくなので大文字の送り火の写真でも載せておく。




あと、特に脈絡は無いが、川の写真も載せておく。

棟方志功の「柵」
いつの間にか前回の更新から4か月ほど経過していたようだ。この間様々なことがあった。お正月もあった。あけましておめでとうございます。
昨年11月には例年のごとく、知人の墓参りに行ってきた。湖西線沿いの某駅近くの霊園である。毎年ここに行くたびに同じことを書いている気がするが、やはり湖西線沿いの車窓は心安らぐ良い風景である。西の山を背景に琵琶湖がのどかに広がる風景は、そこらの海より遥かに解放感と爽やかさで上回る。これは何も私だけが主張していることではなく、日本国民に滋賀県で好きな風景は?と聞けば、9割くらいは湖西線沿いの風景が挙げられるのは確実だろうと思われる。
と、ここまで言っておいてなんだが、やはり沢メンにとってホームグラウンドなのは、比良山脈の東側の湖西ではなく、山の西側の鯖街道沿い、暗く寂しく、我々にとって愛憎渦巻く地である、安曇川である。
その男と最後に遡った沢も奥ノ深で、やはり安曇川水系であった。よく考えたら、それが私にとって最後の安曇川だったかもしれない。沢に行かないとそのあたりに行く気にあまりならず、最後に訪れてからぼちぼち10年経つ。たまにはあの谷底の村々を訪れても良いかもしれない。何をするという目的も無いのだが。車を借りるのが面倒なので暇そうなOBなどを駆り出して運転してもらう必要がある。ここで直接関係はないが、滋賀の安曇川と長野の安曇野は語源が一緒で、どちらも古代の安曇氏に由来する。どちらも渋い場所であり、なかなかセンスのある一族だったことがうかがわれる。
最近は仕事の方は7割を60点、あと3割を30点くらいでこなしている。会社というのは減点方式であり、落単が多少あるだけなのになぜか厳しく評価される。ただ冷静に考えると、大学時代は20コマとりあえず履修登録して2コマしか実際に受けないといった有様だったので、それに比べればマシである。前向きに生きていきたい。
あとは部室をきれいにして麻雀を打ちつつボルダリングして龍門に行く等のいつもと変わらぬ行いをした他、年末に初めて尾道に行った。スマホが崩壊気味だった影響であまり写真が無いので、生口島のでかい仏像だけ載せておく。地獄のジオラマなども飾ってあり、独特な雰囲気のある場所だった。


今日は近所の神社で節分祭をやっていたようだ。ちょうど大学の後期試験が終わるくらいのタイミングで開催される祭であり、学生時代にはよく見物に行っていた。試験も終わり、たいして試験勉強をしたわけでもないがまぁ一息つくべく部室でだらだらと遊んでいる。夜になるとせっかくだから、暇な者同士で連れたって祭の見物まで行く。露店で買い物をしても特に良いことがないので何も買うことは無いが、解放感もあいまってぷらぷら歩いているだけでそれなりに趣を感じたりして楽しかった記憶がある。節分祭は二日か三日くらい昼夜問わずやっており、大学の前の東一条が屋台で埋め尽くされるので、大学構内まで煙が漂ってきて色んな臭いがするのが印象的であった。この話は以前にも書いたような記憶がないでもないが、そもそも筆者すら記憶が曖昧ということは、読者も当然覚えていないであろうと思われるので問題無いと言える。
そんなわけで二月になったので、そろそろ今年も動き出すべく、本日近所の神社に行っておみくじを引いてきた。
見祿隔前渓 たからを見てとらんとおもへどもまへにたにがありて取にゆかれぬなり
一朝逢好渡 じせついたればよきわたりにあふて前なる谷をこえてたからのある所にいたるべし
●此みくじにあふ人ははじめは何事も前に邪魔ありて目に見ながら手に取れず後に人の助けを得て物事成就するなり観音を信じて吉
〇まち人来らず 〇訴訟事叶かたし心正しければ後叶ふことあり 〇生死十の内五つはいきたり 〇道具から物數奇道具書讃の物よろしき者也
なんか見覚えあるなと思い、過去のブログを見てみると、なんと三年前にも全く同じおみくじを引いているようだ。
当然このおみくじは沢登りをしないとろくな目に合わないということを示していることは明らかではあるが、三年前にそのお告げを聞いてもこれまで特段沢を遡る努力をしていなかったので、またこうしてお叱りを受けることになったのであろう。反省するほか無い。相変わらず死亡率は50%あるようなので、今年も心してかかりたい。
志功華厳譜
岩手に行っている大学時代の後輩が京都に来たので、同じく東京から来ていた後輩とともにボルダリングに行ってきた。ボルダリング自体は久々ということもありしょぼい結果に終わった。その後龍門に行き、むしろこちらが本題だと言える。京都グルメ紹介みたいなのを見てると、龍門が紹介されているところを一切見たことがなく、むしろ龍門よりも明らかにしょぼいであろう中華料理屋が掲載されていたりして、世の中に流布されているグルメ情報がいかに信用ならないかの証拠になっている。その後輩は岩手での修行生活を終えたのちにイギリス修行を終え、今年の春に岩手の研究所にまた戻ってきたが、早くも岩手に嫌気がさしてまたイギリスの修行場所に戻ることにしたらしい。よくわからん。
部室に移動して麻雀を打つが、親が3枚多牌、南家が1枚多牌という悲惨な局があったり、さりげなく国士無双が発生したりしてイベントが多くて良かった。抜け番に関西起点の沢などを読んでいて、イブキ嵓谷も意外とボルダリング頑張ってワンポイントの登攀さえできれば登れるのでは?とか思ったけど、帰ってからネットで調べてみたら普通にえげつない記録が多くとても簡単に遡行できる代物ではないと思い出した。
仕事が無茶苦茶なので特に旅行とかもしていないが、最近河井寛次郎記念館に行ってきた。なかなか良い部屋と設えだった。こういう部屋に住んでビール飲んで天鳳と信長の野望などをやるのがまさに理想的な生活だと言える。


あと最近、司馬遼太郎の「宮本武蔵」という小説を読んで、案外ろくでもなさそうな人物の面もありそうで好感が持てたので、彼の描いた「枯木鳴鵙図」のレプリカを買いたいと思ったが、そもそも掛け軸を掛ける場所が無いので実行に移していない。

這ってる虫とそれを狙う鳥の対比が良いと思われる。
仕事の状況は段々悪化しており、去年は繁忙期→閑散期→繁忙期、の繰り返しだったが、今年は繁忙期→やや繁忙期→繁忙期、の繰り返しとなっている。年間休日は公的には120日以上あるはずだが休日出勤が多すぎて相当下回るペースとなっている。これまで、全ての業務をぎりぎり60点取れるくらいのクオリティで働いていたが、最近は明確に30点くらいの業務も出てきており厳しい。とは言え、まぁ一生ここに骨をうずめる必要があるというわけでもないので、ある程度のがんばりでやっていきたい。とりあえず今は残業代がたくさんもらえるので我慢の範疇だと言える。
そんなわけで暇になったらブログを更新しようかと思っていたが、なかなか暇なタイミングが来ず、前回からえらく時間が経ってしまった。適当に気が向いたときに書くようにしていきたい。