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ハイマツ帯

たまに更新できればいいな

散歩するday

 月曜日はとても天気が良かったので自転車で出かけた。珍しく西の方まで行って観光することにした。普段百万遍近辺で暮らしていると、鴨川の東こそが京都の文明の中心であり東大路は京都の南北を貫く大動脈であるというような気がしてくるが、実は烏丸通とかのほうが都会である。勘違いしてはならない。

 とりあえず金閣寺に行く。平日のくせにものすごい人手であり、四月の休日などは池の中に詰め込むなどしないと人が入りきらないのではないかと思われた。

 金閣寺は派手すぎて下品だ京都らしくないぞなどと批判されることも多く、まあ実際そういう面はあると思うが、やはりそれなりによいところである。具体的には白い砂利と苔のコントラストや、背景の山との距離感がよい。

 

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 次に龍安寺へ行く。ここは石庭が有名なところである。有名ではあるが僕の心が荒んでるためかさほど感動的でも無かった。また、庭の前の濡れ縁に観光客がズラーっと並んで座っていたのもそのしょぼさに拍車をかけていた。

 仁和寺北野天満宮は疲れたのでスルーし、帰り道にあった大徳寺に寄った。大徳寺は何かしらで有名だった気がするが何がどう有名なのか全然思い出せない。時間が遅かったのもあり閑散としていたが、付近の住民がけっこう普通に通路として使っていたのが印象的だ。

 

 

 火曜日は雨だったので家で勉強したり大学の図書館をブラブラしたりしてた。

 

 

 水曜日は月曜日にもまして天気が良かったので東山の方を散歩することにした。雲ひとつない天気だ。昼から京阪で四条まで行って歩きはじめる。四条から東にむかっていくと八坂神社の真っ赤な鳥居が見え、だんだん近づいていく感覚が気持ちいい。

 八坂神社自体は可もなく不可も無い感じの神社である。何かしらで有名なはずだが全然分からん。縁日でも無いのに屋台がそこそこ出てたがあれは下品なので無い方がいい。

 円山公園が繋がっているので行く。空は極めて青い。桜はまったく咲いていないが、この季節の落葉樹が一面に広がっているのもそれはそれで良いと思う。晴れていれば爽やかな気分になれるし、曇りなら寂しい気分になれる。とは言え円山公園自体は微妙に狭く、すごく楽しいというところでも無い。

 知恩院が隣接しているので行く。相変わらず門がでかい。雲ひとつない。広くて微妙に高い階段を登ると本堂は工事中だが、どこからか念仏の声が聞こえてきてあたりを散策する。僕が京都で一番好きな寺社は知恩院である。どこが好きなのか?と聞かれると割と困るのだが、多分開放感があるところだと思う。門が大きく、割と広く、また全体的に建築物が大雑把かつまったくけばけばしく無いのが目に優しくて落ち着く。銀閣寺とか好きな人や日本建築に詳しい人には笑われそうな意見だが、美術の素養の無い僕としては一番心地いい場所である。

 

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 また、僕が高一の四月にオリエンテーション合宿で知恩院の宿坊に泊まって修行(というほどのものでもないが)をした時の思い出もおそらく関係している。ここらへんの事情を語ると長くなるのでほどほどにしたいが、僕の高校は中高一貫の浄土宗の男子校で、1クラス分(30人ほど)だけ高校から編入する。僕は編入組だった。

 380人中30人くらいだけが編入ということで、学年内では当然よそ者扱いされる(高2からはクラスが混ざるからマシになるが)。クラスごと被差別部落、というほどひどくは無いが、まあ「内来」と「外来」には壁がある。それで外来組は大体おとなしくなるのだが、我々のクラスは人格的に問題のある人間が多く、むしろどんどんハチャメチャなクラスになっていった。

 そこらへんはまた別の機会に書くとして、ともかく編入組は浄土宗の教えを知らんから修行してこいということで一泊で知恩院に送りだされるのである。一日目は昼に京都観光で晩に浄土宗のお話を聞かされた。夜は徹夜で遊び、AVを持ってきてる奴なんかもいた。なんかよくわからん洋画を見たりしていた記憶がある。翌日は早朝から通常は入れないお堂の中でありがたいお話を聞かされたわけだが、みんな徹夜のせいでろくに話が頭に入って来ず、あまつさえ早く終わらねえかななどと言っていた。

 それでせっかくの学校の思いも踏みにじってたいして勉強にならなかったが、それはそれで楽しかったので良い思い出になっている。思えばもう7年前のことで、あの時泊まったボロくてどこか格式ある宿坊も取り壊されてしまってもはや存在しない。

 

 老人なので昔話が長くなりすぎる。散歩の話である。北上すると巨大な鳥居が見えてくる。平安神宮だ。外人の青年が鳩を追っかけて遊んでいたのが面白かった。この前の咲オンリーの時にも来たがせっかくなので寄っていく。何度も来ているせいで可も不可も無い感じはあるが、周囲のビルの中にぽっかりこういう空間があると街に余裕ができていいと思う。写真は近くを流れる疏水である。

 

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 東に向かう。まず永観堂に行く。人は少ない。山肌に沿って廊下がグネグネついてるのが面白い。人が多そうという理由で紅葉の時期には来たことが無いが、多分来ればきれいだろう。

 少し南に下り南禅寺へ。門はでかいが普通の寺である。南禅寺を出てすぐ湯豆腐の店があり、去年の三月に母と祖父とここで食事をして留年を打ち明けた時のことが思い起こされた。

 北上する。空はなお青いが多少白みがかってくる。少し行くと哲学の道にぶつかるので歩く。ここは戦前に某有名哲学者が哲学しながら歩いていたので哲学の道という名前がついたそうだが、現在では観光客が多くてあまり哲学できそうな感じでは無い。

 

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 僕は以前哲学の道沿いに下宿を借りていた。玄関の扉の上に謎の穴があり空調は効かないし虫は入りたい放題、風呂有りとのことだったがなぜか風呂桶だけあってお湯が出ない、大家がヤクザであるなど劣悪な条件で、さらに沢に行った後のザックを放置したら畳が腐る、もらったメロンを放置したら腐って味噌になる、ネットが一カ月で繋がらなくなる(その後一年以上ネット無しで過ごした)などの凄惨な事件もあってあまり良い思い出が無い。

 改めて下宿の前を通ると、こんな生活感の無い観光地で暮らしていたことに現実味が感じられなかった。最近は四年間あっという間だったと感じることが多いが、一方で四年前のことを思い出すとはるか昔のことのように思われることが不思議でもある。記憶における速度と距離は比例しないのかもしれないなどと思った。

 大学に受かった自分が未来への希望に溢れていたことも、奥美濃の藪で、北アルプスで、知床半島で、台高のしょぼい沢で死闘を繰り広げていたことも、西表の海岸で麻雀を打ちながらもう京都には戻りたくないと心底思ったことも、何もかもが現実感の無い遠い昔、夢の中の出来事のように思われた。

 

 西に向かって白川通に出ると急に視界が現在に引き戻される。洒落た店が多い割にどこか汚らしい今出川通をトボトボと歩き、人影もまばらな大学の中を通って下宿に帰った。